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伊東美和氏「END OF HEROES]ゾンビ紹介寄稿文

投稿:2021年08月29日

こんにちは! 

ゾンビ映画ウォッチャーにして『ゾンビ映画大事典』『ゾンビ論』などの著者、伊東と申します。
今回は『END OF HEROES』のゾンビ設定・デザインの監修を担当しました。
そのプロモーションのひとつとして、当ブログでゾンビというモンスターについて、ざっくりと紹介させて頂きます。

映画、コミック、ゲームなど様々なメディアを席巻し、今や誰もが知る人気モンスターとなったゾンビ。その一般的なイメージといえば、「人間を食べる蘇った死体」といった感じだろうか。ゾンビに噛まれた者は、もれなくゾンビ化する。こうしてゾンビはねずみ算式に数を増し、文明社会を崩壊させるほどの大パニックを引き起こす…こともある。

 だが、かつてのゾンビは人肉を食べるどころか、自発的に人間を襲うことすらなかった。彼らは動きの鈍い奴隷でしかなく、吸血鬼やフランケンシュタインの怪物などに比べ、地味でマイナーなモンスターだった。

 本来、ゾンビとは、ハイチの伝承にある生ける屍である。彼らは実体を持たない幽霊とは違う。魂を失った死体であり、ヴードゥーの呪術によって、まるで生きている人間のように行動する。

 ゾンビを作り出すのは、邪悪な呪術師ボコールだ。深夜、ボコールは家々に忍び寄り、戸口の隙間から住人の魂を奪い取る。魂を盗まれた者は数日後に息を引き取る。葬儀後、ボコールは墓を掘り起こし、死者に魂をかがせながらその名前を呼ぶ。すると死者は起き上がり、ゾンビとして主人である呪術師に仕えるようになる。

 このゾンビは呪術師に命じられるままプランテーションや工場で働く。彼らは必要最小限の食事を摂るだけで、賃金は必要としない。こき使われようと不平を言うこともない。雇い主からすれば理想的な労働力である。

 だが、ゾンビには弱点がある。塩が苦手なのだ。ゾンビは塩を口にすると自分が死者だったことを思い出し、墓穴に潜り込んで動かなくなるという。

 このゾンビというモンスターがアメリカで知られるようになったのは、1920年代末のことだった。冒険家ウィリアム・シーブルックのハイチ滞在記『魔法の島 ハイチ』に、ゾンビとの遭遇体験が記されており、それがセンセーショナルな話題を呼んだのだ。当時、アメリカはハイチを占領して軍政を敷いており、多くの国民がハイチに関心を向けていたタイミングでの出来事だった。

 著者のシーブルックはゾンビなど単なる迷信だと考えていたが、ゾンビが実在すると主張する友人に連れられ、サトウキビ畑で作業するゾンビの群に遭遇する。その時の様子を彼は次のように書いている。

「黙々と作業するゾンビと思しき3人の第一印象は、どこか不自然で奇妙なものだった。彼らはまるで獣かロボットのようにぎこちなく動いていた」

「男は家畜のように従順に立ち上がった。そして私が目にした光景は、事前に聞いていたが吐気を催すほどショッキングだった。その目は最悪だ。私の想像を超えていた。両目はまさに死人のそれであり、盲目ではないものの見開かれていて焦点が定まらず、うつろだった。顔つきも同じようにひどい。一切の感情を失ったかのように空っぽだった」

 シーブルックは20世紀最大の魔術師アレイスター・クロウリーとも親交があり、とんでもなく胡散臭い人物だ。彼の書いていることがどこまで事実かは分からないが、その著作が当時のアメリカ人にゾンビのイメージを植えつけたことは間違いない。

 1930年代初頭、映画界ではユニバーサル・ピクチャーズがホラーに本格進出し、『魔人ドラキュラ』(31年)『フランケンシュタイン』(31年)を相次いでヒットさせた。それまではニッチなものと見做されていたホラーが一躍人気ジャンルとなったのだ。

 こうした状況のなか、インディー・プロデューサーのエドワード&ヴィクター・ハルペリン兄弟が、ホラー人気とハイチの話題性に便乗し、世界初の長編ゾンビ映画『ホワイト・ゾンビ』(32年)を製作する。

 この作品に登場するゾンビは、現在よく知られているようなゾンビではなく、ハイチのヴードゥー・ゾンビをもとにしている。ゾンビは呪術師に操られる奴隷にすぎず、主人に指示を与えられない限り、他人に危害を加えることはない。彼らはモンスターである前に哀れな被害者であり、その不気味なルックスを除き、ユニバーサルのモンスターのようにその存在自体が恐怖の対象でなかった。実際のところ、『ホワイト・ゾンビ』を始めとする初期のヴードゥー・ゾンビ映画は、ゾンビに襲われる恐怖よりも呪術によってゾンビにされることの恐怖をテーマにしていた。

 このゾンビがリニューアルされるのは1968年のこと。後年「ゾンビ映画のゴッドファーザー」と呼ばれるジョージ・A・ロメロ監督が、処女作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド(以下、NOLD)』を発表し、「人肉を食らい、感染し、脳を破壊されるまで動き続ける蘇った死者」を初めて描いたのだ。一軒の農家を舞台に、人肉を求める生ける屍の群と生存者グループの攻防を描いた本作は、現在まで続くゾンビのイメージとジャンルのスタイルを決定づけることになった。

 厳密なことをいえば、本作に登場するモンスターはタイトルにならって「リビング・デッド」と呼ぶべきだろう。彼らはヴードゥーとは関係がなく、劇中の台詞にも「ゾンビ」の単語はない。登場人物は彼らのことを「ヤツら」「グール」と呼ぶ。この「リビング・デッド」がゾンビと呼ばれるようになるのは、もう少しあとのことである。

 ロメロが「リビング・デッド」を作り上げる際に参考にしたのは、ヴードゥー・ゾンビではなく、リチャード・マシスンの吸血鬼小説『アイ・アム・レジェンド』だった。本書の吸血鬼は太陽光やニンニクなど伝統的な弱点を備えている一方、知能が低くて動作がにぶい。夜ごと主人公の隠れ家に群がる吸血鬼たちは、まさに『NOLD』の「リビング・デッド」そのものだ。こうした吸血鬼の食料である血液を人肉に変更し、弱点を心臓から脳に移動させれば、ロメロの「リビング・デッド」が出来上がる。

 この「リビング・デッド」がゾンビとして広く知られるようになったのは、『NOLD』の続編『ゾンビ』(78年)が世界的な大ヒットを記録して以降のことだ。同作の原題は『ドーン・オブ・ザ・デッド』だが、ヨーロッパと日本では『ゾンビ』のタイトルで公開され、ゾンビ=「人肉を食らい、感染し、脳を破壊されるまで動き続ける蘇った死者」というイメージを観客に刷り込んだ。

 前作『NOLD』には「ゾンビ」という単語が出てこなかった。だが、『ゾンビ』では、主要登場人物のSWAT隊員ピーターが「リビング・デッド」を「ゾンビ」と呼ぶ。彼の祖父がヴードゥー司祭だったというエピソードは象徴的だ。「リビング・デッド」はヴードゥー司祭の血を引く青年によって「ゾンビ」と認められ、従来のヴードゥー・ゾンビに代わる新たなゾンビのスタンダードになったのだ。

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